速記の歴史

日本の速記

第1回国会から速記があるのは日本だけ

国会の速記は、1890年(明治23)の帝国議会開設と同時に貴衆両院で採用され、今日に至ります。第1回の国会より完全な会議録が残っているのは、先進国の中では日本だけです。

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第2回国会の様子を描いた錦絵 楳堂小國政(生没年不詳)画

演壇の下で向かい合って座っている4人が速記者です。

より速く、より正確に、より安く

1899年(明治32)、東京―大阪間に長距離電話が開通するやいなや、「東京時事新報」はいち早く電話速記を採用しました。長文の電報で記事を送るより、電話口で速記者が直接受けるほうがずっと速くて正確、かつ安上がりだったのです。間もなく、地方紙、通信社などでもこぞって破格の待遇で速記者を雇用するようになりました。

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明治35年11月5日付 「時事新報」
「東京大学総合研究博物館 画像アーカイヴス
日本の新聞広告3000(明治24年-昭和20年)」より転載
(同館の許可なく複製できません)

田鎖綱紀が日本語速記法を考案して以来今日まで、多くの人によって速記符号の研究がなされ、中根式(1914)、早稲田式(1930)、衆議院式(1939)、参議院式(1947)という、現在4大方式と呼ばれる速記方式が生まれました。ほかには、石村式、小谷式(V式)など、今日までいろいろな方式が発表されています。